私とバッハ大先生①
苦手な方が多いバッハですね。
私が大好きで尊敬してやまないバッハ大先生との様々な出会いを時々書きたいなと思って筆を執りました。
私が初めて弾いたバッハの曲は、インヴェンションでした。
小学6年生の時でした。
何の前知識もなく、次のレッスンで楽譜を用意して弾いてくる様にとのことで始めたバッハでした。
さっぱりわからないまま、でも、楽譜を見ながら何回も練習すれば、何となく弾けたので、一生懸命に練習している日々でした。
それから、三声シンフォニア、平均律へと進む訳ですが、「なんか良くわからないけれど、兎に角楽譜通りに弾く」これが、当時の私であり、レッスンでした。
そして、きっと多くの方が同じ様にレッスンを続けて、何となく難しい、よくわからない、苦手、と思っている方も多いと思うのです。
大きな転機は、大学生になってから、作曲家の大木英子女史の門下になったことです。
バッハのインヴェンションは、サブジェクトとコントラプンクトから成り立っていると、初めて教えて頂いたのでした。それまで、何となく感じていたことが、はっきりと形として理解出来た瞬間で、今でも強烈に覚えています。(まずは、モチーフを見つけて、どう展開されているかを見極めることが大事なのです)
数学の論証で、何となく同じ三角形なのは見てわかるけれど、理詰めで合同が証明された時の爽快感に似ています。
目から鱗とはこのことです。
プレリュードと小フーガ、インヴェンション、シンフォニア、平均律と段階を踏んでバッハの構築性のすばらしさも含めてしっかりと教えて頂いたのも、間にスカルラッティやフランス組曲なども織り交ぜながらレッスンを進めて頂けたのも、大変ありがたかったと思っています。
大木先生は、その師である、リストの孫弟子だという「イタリア人のおじいちゃん先生(大木先生がこう表現されていた)」から、多くを教えて頂いていたと常におっしゃっていました。幸運にも私はそれをおすそ分けして頂けたのでした。
大木先生からは、その出会いが無かったら、今、ピアノの先生をしていなかったと断言できるほど沢山のことを授けて頂きました。そして、非常に楽しく有意義な日々でした。
それでも、やはりバッハは難しく、練習は大変でした。
「バッハは疲れます」と先生に話した時、
「そう?私はね、疲れた時はバッハを弾くの。そうするとね、バッハ先生がそばで話しかけてくれている様な気がするのよね。特にイギリス組曲は模様の様に美しい。」
そうおっしゃるのでした。
疲れた時にバッハ!?
こんな複雑なの、無理!!
そう思いながらも、大木先生とのレッスンの日々が、やがて、バッハ大先生をとても親しみ深く、私自身の人生の傍らにいてくれる大切な存在へとつながっていくことのきっかけになるのです。
つづく









